奏でる音は悲しい音で。
モデルルームでも無い限り、家には必要で無いものが当然の如く存在する。日々を過ごすだけで溜めこまれていく様々な荷物。それが自分だけのものならば、置いてある全ての荷物に説明を付けることができる。けれど家というものに自分だけが住むとは限らない。両親、祖父母、配偶者、子供、親戚、あるいは赤の他人。それぞれに歴史があり、有形無形の荷物を持ち、それを家に置いている。前置きが長いけど、つまり『なんで家にこんなものが置いてあるんだ』的なものって、一個くらいあったりしませんか?という話。
中学時代、僕の部屋は雑多な荷物によって占領されていた。その中に一際異彩を放つものが存在してて、それが年代物のとても古いオルガンだった。家の中の誰一人として、オタマジャクシすら読めない。音が出るかどうかを試したことがある程度の、音色を奏でられないオルガンが、何故か僕の部屋にはあったのだ。
このオルガンは見た目も古ければ音もひたすら古かった。それもそのはずで、その昔小さい修道院に置いてあったものが、戦争のゴタゴタによる火災で焼け落ちた時にも、奇跡的に無事だったから記念に持ち帰ったということも一切無い、完全無欠に古いだけの普通のオルガンだったからだ。親に「邪魔なんで捨てていいですか?」って訊いたらあっさりOK。なんでそんな物を家に。僕の部屋に。