誠意。
昨年末に母上が原付に轢かれたりしたので、今年に入ってから必要となる書類のテンプレートを探したりだとか、その書類を修正したりだとか、とにかく細々とした雑用をいくつかしてたんだけど、僕が手伝えそうな部分は昨日の時点で概ね終わった。いくつか分かった事といえば、親は自分が思っていたより、遥かにしっかりしていたという事だろうか。
詳細は省くけど、簡単な概要を説明するなら『自賠責保険の切れた友達の原付を借りて、人身事故を起こした未成年の少年(任意保険も無し)』という図式だ。他にも背景が色々あって、無料相談の弁護士先生に『また面倒な人が相手ですねぇ。』と言われる程度にはややこしかった。
事故が起こった当初は、色々やるべきことは多いだろうと考えていた。でも実際に手伝った箇所は意外なほど少ない。親がややこしいと言ってた部分をまとめたり、本やネットで調べたり、ちょっとした書類を作ったり、その程度。医療費や諸経費、慰謝料の算出まで自賠責法に合わせてちゃんと計算していた時はちょっと驚いた。ちゃんと大人なんだな。
加害者側は、過失割合100%の事故だったのにも関わらず、当初知らないフリして逃げようとしていた。なので『面倒な事をしたら、その分面倒な事になる。』と思わせる対応はした。それでも書面で交わした最終的な落としどころは、被害を受けた側からみれば非常に『甘い』部類に入っている。こういう場所で書くべきでない上記の『背景』や、未成年なのを考慮して、家の中の結論として、慰謝料云々は割とどうでもよく(よくないけど)、ただ事故を起こしてしまった少年には、『物の道理』や『免許を取る意味』を分からせなければいけないのではというスタンスだった。
母上のケガが軽かったのはあくまで結果論だし、もしこれより酷い事故だったり、自分が被害者だったなら、きっと容赦していない。そういう意味で両親はとても甘かったと思う。両親はとても偉かったと思う。それでも加害者側から感じとることが出来た感情は、僕には『反省』などではなく、ただひたすら『面倒』にしか見えなかった。
勝手かもしれないけど、これから先も反省はしないだろう。それでも思う。少年は気づくのだろうかと。失ったものと、得るべきだったものを。