セイハロー。
半裸のオッサンがビルの廊下に立っていた。それ以上でも以下でも無く、またそれ以上の説明も必要ないほど完膚なきまでに立っていた。上はワイシャツとネクタイ。下はトランクスという出で立ちで、自分を主張しているオッサンが屹立していた。考えたくも無かったが、自分の頼りない記憶を検索すれば、不幸なことにそのオッサンは、どうやら変質者ではなく、同じビル、それも隣に入居している会計士の先生のようにも見えた。
記憶したくも無い青色トランクスが脳内に刻まれるのを感じながら、この変質的なオッサンというか会計士の先生への対処方法を考える。コンマ数秒で出てきた答えは「目を逸らして即座に立ち去る」だった。賛成1、反対0。顔に出すな。さぁ風のように消え去れ自分。
「こんにちは。」
挨拶をされた。確かに見かければ会釈をする程度で顔も知っている。そういう意味において僕の行動は、社会に出ている大人として褒められたものでは無い。だがそこに「共用廊下」と「半裸のオッサン」というフィルターをかけたとき、自分の取った行動は最善では無いにせよ、非難される覚えもない程度には、正しい行動であったと信じている。
「いやぁ、カップラーメン零しちゃって。」
相手は逆に、立ち去るよりも弁明した方が得策だと感じたらしい。確かにこのままでは会計士の先生にも見えなくもない変質者だ。とりあえず声を掛けられたからには返さければ。軽く微笑をつくり「あはは、たまにありますよねー(笑)」と答えておいた。
でもそれ以上話が続かなかった。続けられなかった。やりきれない空気のまま「それじゃあ」と言って別れた。この場合の最善はなんだったんだろう。「風邪引かないようにしてくださいね。」とか「他の人にはバレないようにしてくださいね。」あたりが無難だったのかもしれない。でも言えなかった。とっさに浮かんだ言葉は別のものだった。
「お似合いですよ。」
自分にジョークのセンスは無いと知った。