クレープと私の微妙な距離。
家の近くにクレープ屋さんがあるので、アマイモノスキーとして週末になるとついつい食べに行ってしまう。しかしクレープという存在は魅惑の食べ物。皮一枚プラスされただけで、なんであんなに高尚な存在へと昇華するのかと。
今週もフラフラと食べに行ったんだけど、注文してる最中にふと感じる気配。後ろを見ると至近距離にお爺さんがいた。気配が無かったのでビックリしたけど、気をとりなおして品物を待つ。クレープって出来上がるまでに数分かかるので、気長に待っていたんだけど、1分ほど経過したあたりで後ろに並んでたお爺さんが何処かへ行ってしまった。
なんだったんだろうと思ってるうちにクレープは出来上がり、お店横のベンチに座って食べる僕。しばらくするとお爺さんカムバック。ゆっくりとお店へと向かってきた。今度こそ注文するんだろうかと注目していると、別の人がさっと登場。クレープを複数注文したため、再び待ちタイムに突入。
お爺さんはさっきのようにまた並び、1分くらい待ったあとでまた少し遠くへと移動。その間にクレープ屋さんには行列が出来てしまい、戻ってきたお爺さんは遂に並ぶことなく何処かへ行ってしまった。
真相は本人にしか分からないけど、多分『クレープ屋に並ぶ』という行為が気恥ずかしいんじゃないだろうかと感じた。なんとなく分かる気がする。男が一人でクレープ屋に並ぶという行為には、少しばかりの躊躇があるものなのだ。年齢を重ねれば重ねるほど、その躊躇は大きくなっていくはず。そうか、アレは未来の自分なのだな。
70歳を越えた僕は、生クリーム&カスタード&チョコ&アイスの組み合わせに躊躇を覚えるだろうか。そして恥ずかしがらずに注文できるだろうか。